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サムワン

紅子は孤独で、ただ一人の親友、まだ見ぬサムワンの少女を求めていた。


桜庭一樹著

『青年のための読書クラブ』


✳︎


サムワン。

ただ一人の親友、まだ見ぬサムワン、を求めて、私はひとりゲーセンへと向かう。


……引用までしてちょっとカッコつけた出だしにしてみたけど、こっからはラフにいくね。


ゲームセンターに行くのなんて何年ぶりだろう。高校生の時プリクラを撮って以来かな。大学の時も行ったかもしれないけど、あんまり覚えてないってことは通りがかったくらいなのだろう。


そう、私は今日、確固たる意志を、崇高な目的を持って、彼の地に赴いたのだった。

サムワン。

僕だけの、たった一人のサムワンを求めて。


どういうことかというと、ライブをする時に、一緒にいてくれるぬいぐるみが欲しいのだった。勿体ぶった割にはしょうもない理由だ。


ご縁があって、今までライブハウスで二度、クラブで一度、ライブに出演させて頂いた。ステージには私一人。私一人を、みんなが見ている。聴いている。

正直、心細かった。

私みたいな無名のアーティストもどきを有り難くも出演させてもらっている御身分で言えることではないが、その場にいる人たちの時間を、あるいは場そのものを、私一人だけが支配しているという重圧に、重責に、押し潰されそうになった。つまるところ、私には荷が重かった。


急いで付け加えておくと、自分がライブできるなんて夢にも思ってなかったから、もう死んでしまうのではないかとすら思ったし、知人たちも決して安くはないチケット代を払ってまで来てくれて、見守ってくれて、こんなに好きな人たちに囲まれて自分の曲を歌えるなんて、自分はなんて恵まれているのだろうと感激したし、共演者たちとの出会いはその偶然性の尊さに涙が出るほどだった。


それはそれとして、自分ひとりに注目が集まるのは、凄まじく緊張するし、緊張していると、せっかくのライブも100%で楽しむことができない(楽しみさえすればいいというものでもないとは思うが、それは一旦置いといて)。


そういうわけで、一緒に舞台に立ってくれる人が欲しい、いや、人じゃなくてもいい、ぬいぐるみなんか良いんじゃないか!という結論に至ったのだった。

責任を分散したいという理由で一方的に連れてこられるぬいぐるみも気の毒だが、まあ、ぬいぐるみだし(酷い…)。


それでひとりゲーセンに赴き、サムワン、を探してクレーンゲームを物色した。

知らないアニメキャラのぬいぐるみから、韓国アイドルのグッズまで、種々雑多な景品が、ショーウィンドウの向こう側でじっと何かを待っているように見える。あれにしようかな、これにしようかな、とぼんやり歩くうちに、なんだかいたたまれない、後ろめたい気持ちになってきた。一方的に「あれは欲しくないな」だなどと勝手に品定めするなんて、なんて暴力的なんだ!まるで誰にしようかな、と格子の中の遊女を選んでいるような心地だった。


それでも私は、まだ見ぬサムワンを手に入れなければならない。この業は背負わなくちゃならない。何かを選ぶということは、何かを選ばないということだ。どんなに暴力的であっても。お前は善人じゃない。思い上がるんじゃない。そう言い聞かせて、まずはつぶらな瞳のメンダコの大きめのぬいぐるみにチャレンジした(めっちゃかわいい!)。


小銭を入れようとして、小銭を入れる所の隣に画面があることに気づいた。なんと今どきのクレーンゲームは、タッチ決済もできるらしい。ほえー、すごい。とはいえ、よく見ると、クレーンゲームのサブスクリプションがあるらしく、タッチ決済はその専用アプリでのみできるようだった。


クレーンゲームの進化に感嘆しつつ、オールドファッションなスタイルでちゃりーんと小銭を落とす。またまた驚いたのが、30秒間(機種によって時間は異なる)アームを移動し放題だということだ。昔は一度動かすと、不可逆だったのになあ。待てよ、ということは、好きな位置にアームを移動できたところで、そうそう取れないようになっているということなのでは……?疑念を抱きながら、アームを下ろす。案の定、簡単には取れなかった。ぬいぐるみは一瞬持ち上がるが、あらぬ方向に転がってしまう。しかも、出口(?)と反対側に……!

未練がましく何度か挑戦するが、やる度に出口から逆の方向にばかり行き、事態を悪化させただけだった。


渋々諦め、次のターゲットを探す。お次は、「すみっコぐらし」のえびフライのぬいぐるみに挑んだ(これまた超かわいいっ!)。しかしまた罪の意識に駆られる。これでもし取れたとしても、えびフライは「メンダコの二番手」になってしまうのではないか……?メンダコを諦めた後に手に入れたえびフライに向かって「君が一番だよ」などと言っても、虚しく響くだけだ。全然説得力がない。「代わり」としての存在にしかなれないなんて、不憫すぎる。暴力的だ……暴力的だ!


しかしまた素早く、もう一人の私が説得にかかる。メンダコが取れずえびフライが取れたなら、メンダコとは縁がなく、えびフライとは縁があった、ということだ。それだけの話だ。だいいち、お前は既に暴力的なんだ。生きているだけで毒を振り撒く災害なんだ。現実から逃げるな。最低な自分を受け入れろ。忘れたのか?お前にはサムワン、が必要なんだ。なんとしても……。


半泣きの心持ちでえびフライの暴力的な簒奪に取り掛かる。すると、なんと一発で上手く掴めた!しかし、頂上までは持ち上がるのだが、横移動の際、出口の上に来る前にアームが開いてしまうため、ポトっと元の場所と全く同じ所に落ちてしまった。何回か試みたが、同じことの繰り返しで埒があかず、こちらも諦めて別の台を探すことにした。


いくつか小さめのマスコットに挑戦したり、性懲りも無くまたメンダコに手を出したりしたが、やはり取れなかった。既に1500円ほど使い切ったのに、何も取れない。ゲーセン、厳しい……!だんだんと、寂しさに襲われてくる。たった一人……たった一人のサムワン、が欲しい、だけなのに……。誰も僕のものにはなりたくないというのか。お前ごときのものに、誰がなるものか、ということなのか。誰でもいいという僕の暴力的で傲慢で卑怯な態度を糾弾しているのか。僕の身勝手な寂しさを埋めてくれる都合のいい存在などありはしないということなのか。あるいはそんな存在がいたところで、それを得る資格など僕にはないということなのか。誰も僕のもとには来てくれないのか。誰も、誰も、誰も……!


ふらふらと行き着いた先で、再び、えびフライと対峙した。

アームの掴む強さは確率変動がある、と誰かしらから聞いたことがある。ならば、何回もやっていれば、いつか強い時に当たるのでは?こうやって人はギャンブルにハマっていくのか……。


などと思っていた矢先。

ポコッ、と間抜けな音を立てて、えびフライが取り出し口に、落ちた……。


ついに。ついに手に入れた。シャーロックにとってのワトソンを。ヴィクトリカにとっての久城一弥を。ヒースクリフにとってのキャスリンを。僕だけの、たった一人(一尾?)のサムワンを……!


……ぬいぐるみにそこまで背負わせるのは酷だな。えびフライよ、君はただそこにいるだけでいいからね。愛らしい、綿だけが詰まった空虚な存在として。愛でられたり、忘れ去られたりしていてくれればそれで。


そういうわけで、次のライブにはきっと、えびフライと共に出ることになるだろう。と言っても、今のところお誘いはないので、やるとしたら路上ライブかな。そのへんの公園で、私がのびやかに歌っている横で、えびフライに砂や埃を吸わせるのが楽しみだ。


僕だけのサムワン、えびフライ

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