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執筆者の写真オオイシアオイ

心の緊急避難梯子

迷惑な客がいる。

いや、迷惑なんてもんじゃない。張り倒してやりたい。殴り倒してやりたい。顔を焼いてしまいたい。でも実際に出くわすと、顔も見れない。気づかないふりをして足早に立ち去る。話しかけられたくないから。もう二度と。それでも逃げられない時はある。だって毎日のように来るから。職場に。私は上手く逃げ切れているけど、同僚や先輩が被害に遭う。遭い続ける。私が逃げている間にも。


私の受けたセクハラ発言なんてかわいいもんだ。(嫌だ。こんな言い方したくない。けど、本当に、同僚や先輩が受けた傷に比べれば。)「彼氏とデートですか?」「彼氏いないんですか?かわいそうですね」やめろ。俺は異性愛者じゃない。女性じゃない。いや、そこじゃない、そこもだけどそこじゃない。なぜお前ごときが俺の個人的な話を聞けると思ってるんだ、何が面白いんだ、そのニヤニヤ顔をやめろ今すぐ!…ああ、私の顔も、にやにや、へらへらしている。これじゃあ駄目だ。駄目なわけだ。今すぐやめろよ、その間抜けな顔を、おい、私。真顔になれ。…全然駄目、張り付いた笑みが解けない。呪いか?あーあ。「はは、ちょっとよくわかんないっす」これが私の精一杯の抵抗。弱っちいね。悲しくなるよ。


っていうのは結構前の話。ふらふらしつつも、なんとか忘れかけてきた頃だった。だったのに。今日、先輩が奴に言われたあまりにも酷いセクハラ発言について聞いてしまった。信じられない暴言。暴言。暴言。暴力だ。言葉だって暴力だ。直接言われたわけでもない私ですら視界が歪むほどの。内臓がぐつぐつと煮えるような怒り。理不尽。ノーガードの脇腹を死角から包丁で刺されるような。卑怯だ。見下してんだ。こっちはスタッフだから。向こうはお客様様だから。強く出れないって分かってんだ。分かっててやってんだ。セコい。コスいんだよやることが。やり方が。男性と判断した職員には尻尾巻いて逃げるくせによ。ムカつく。マジで。


最近私には全く話しかけてこないから(目を合わせないようにしているとはいえ)、おっ、俺「女」カウントされてないのかも。いえーい、性別不詳枠でパスしてるのか?とか呑気に思ってたけど、私が無事でいる分の皺寄せが同僚たちに行っているとしたら、何重の意味にも耐えられない。耐えがたい。…いや、違う。セクハラってそんな、100セクハラを5人で20セクハラずつ振り分けみたいな、そんな話なわけないし。私のせいじゃない、分かってる。分かってるけどそれでも良心的な何かが痛む。痛む。こんな痛みを、こんな気持ち悪さを抱えるくらいなら、いっそ自分に直接セクハラされる方がまだマシだ。いや、マシじゃない。比べられるもんでもない。ああもう分からない、何が何だか。とにかくムカつく、ムカつく、ムカつく。


帰りの電車で、「カスタマーハラスメント」とか「客 ストーカー」とかでググってみるけど、殴るとか怒鳴るとか家までつきまとわれるとか、そういう「実害」(この言い方、クソ気に入らない。言葉だって実害だろうが)がないと企業も動いてくれないことが多いらしい。そんなことはとっくに分かりきっている。奴のセクハラ発言のオンパレードについては逐一記録を取っており、そのデータも含めて上層部にも市にも報告している。しているにもかかわらず、何も動きはない。上は動いちゃくれない。ましてや出禁なんて。市の施設だから、滅多なことがないと出禁という措置は取れないらしい。それは分かるのだけど。業務の妨げになっているのは確かなんだけど、それだけじゃ足りないらしい。いっそ俺を殴ってくれないだろうか。そしたら話は早いのに。でも恐らくそれはない。女性とみなした職員に一方的なセクハラトークをしてくる「だけ」で、殴る蹴るといったことはしない、「ただのちょっと困った客」だから出禁にはならない。…「だけ」ってなんだよ。ムカつくな。「ただの」セクハラ「だけ」が積み重なって、誰かが働けなくなるまで会社は何もしてくれないらしい。腹立つけど、でも会社さんに「じゃあ、どうすればいいの?何をしてほしい?」と聞かれれば、何も言えなくなる。思いつかない。誰か教えてよ。魔法の呪文を。セクハラがなくなる神の一手ってやつを。ちちんぷいぷーい。


むしゃくしゃしながらググり続ける。最終的に辿り着いたのは「セクハラへの上手い切り返し方集」。悔しい。こんなサイトを見ることそれ自体がめちゃくちゃに悔しい。まるで上手く切り返せなかった奴が悪いみたいじゃん。違う、違う、圧倒的に違う!セクハラしてくる奴が100%悪いだろうがよ!でももはや、こういうライフハック的なやつに縋るしかない。現状、とにかく今現在をなんとかやり過ごす手段が必要。悔しいことに喉から手が出るほどに必要。複数のサイトに、「オウム返しが有効」と書いてあった。「彼氏いないの?」「か、れ、し、ですか?」的な。ほんとかなあ。今度セクハラされたら使ってみようか。そんな仮定、吐くほど嫌だけど。心の緊急避難梯子として。


「こんなこと言われたんだよね…」と奴のセクハラ発言についてこぼすスタッフ①に対して、すかさず「そういう時って、何て返してます?」と縋るように尋ねるスタッフ②の声がずっと、頭の中にこだましている。法も警察も会社も誰も守ってくれない弱い労働者たちは、いつ千切れるかも分からない脆い梯子に縋るしかない。そんなの間違っていると分かっていても。

間違っている。それを知っている。それでも梯子に手をかける。間違っている。

でも、どうすれば。

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